Saturday, March 26, 2011

電池が切れそうでも走る

クリスティアン・マルティーヌ(46才) バレエダンサー、クリスチャン

子供ならだれもが精一杯、ある方向に向かってまっすぐ走ったことがあるでしょう。そして次の瞬間「鬼」役の子供に捕まったり、迷子になることもあるでしょう。

大人になって、私はもう鬼ごっこで間違った方向に走ることはありません。
おとなのわたしが逃れようとするのは「決断」なのです。
間違った、行くべき方向とは正反対に走ることも多くあります。そして、無事逃げ切ったと思って辺りを見まわすと、以前より大変な状況におかれていることに気づきます。

誰もが知っているように日本では今、普段ならお花見などで心温まるこの時期に、多くの親たちがもはや跡形もない東北の町や村で、行方不明になっているこどもたちを探しています。

様々な考えがわたしのあたまを廻っています。「わたしはどこへ走るべきなのか?東京より南の方へ?ウィーンに帰る?」

でも私の周りの現実は違うのです。多くの友人や知人は救助やボランティア活動に参加しているのです。まるで磁石にように、彼らは慈悲に引かれているのです。同情心が強いほど、彼らの行動は熱烈で、即時で、効果的になるようです。

この同情から始まる考えと心と行動を通じて、かれらは自らが与えられた祝福を少しでも被災者たちと分かち合おうとしているのです。そして、自身が人にとってどれほど大切で、貴重で必要とされているかが感じられるのです。

彼らはこの瓦礫の中に、遥かむかし、地球が造られる前に神様から与えられた、この今、2011年の春の使命を見出しているのです。

同情心があれば、わたしたちも正しい方向に向かって走ることができます。正しい旅なのです。神様が望まれている旅です。人を助けるための、精一杯走るレース。

人のために祈ったり、分かち合ったり、彼らを助けると、わたしたちは身体的に疲れます - 電池が切れそうになります。しかし、それと同時にわたしたちの最も重大な電池である「心」が充電されていきます。身体的なエネルギーロスが実は内面では、心の充電になっていたのです。

不安や混乱に負け、間違った方向に逃げると身体的に疲れるだけでなく、こころが空っぽになっていきます!同情心のあるべきところに無意味で理不尽な恐怖と混乱が忍び込むのです。

イエス・キリストは病人や罪人、目の見えない人や障害をもった人、我が子や友人をなくした人から逃げることはありませんでした。逆に彼は社会の「価値無い者」や「捨てられた者」に目を向けました。
イエス様は周りにいたそういった一人ひとりに注意と愛と優しさを注ぎました。
太陽から光線出ているように、イエス様からは同情心が溢れ出ているのです。

この困難な時にこそ、走るべき方向をよく考えて選んでいきましょう。

イエス・キリストをお手本に、正しい方向と正しいレースを選択していけることを特別な恵みに感じています。

Christian 

Monday, March 21, 2011

神様はなぜあんな被害を許すの?



三谷梨央(33才)バレリーナ、クリスチャン


東北関東大震災 ー 神様はなぜあんな被害を許すの?


1 神様とは?


私が信じている聖書の神様は愛であり、全能全知である。

そして、私たち人間にはそんな神様を完全に理解できるはずがない。


だから、「なぜ」について考えるのは自然ではあるが、無意味。


そもそも私が神様を信じるのは神様の全ての行いを理解した上賛同しているからではない。

日々の恵み、そして自分が死んだらイエスキリストを通して天国に行けることを心より感謝しているからだ。


神様が私のために存在するのでなく、私が神様のために造られたのです。だから、神様は私に対して自己弁護をしなくてもいいのだ。

そして、私は分からないことだらけでも神様を信じ続けます。神様を愛しています。


人間社会の例でいうなら、ある人が心より尊敬している社長の下で働くとします。その社長は本当に愛と知恵のある素晴らしい人物だとします。

するとある日、危機が起こります。その中で社長は自分には理解のし難い判断をします。


それでも、今まで何度も社長と一緒に色んな危機を乗り越えてきたのを覚えている社員は、社長を批判せず、今は理解ができなくても批判をせずに付いていくでしょう。


もちろん、この例の社長は人間なので、やはり100パーセント信用はできません。


でも神様は完全なるお方。

愛であり、この世の創造主であり、全能全知である。

そして何度も私を危機から救い出してくれた優しい天のお父様。だから「社員」のわたしが「社長」である神様を批判する権利はない。


そして私は信仰の妨げになるような質問、いわゆる「つまずきの石」には触れないようにする。


2 神様の裁き?


今回の被災が神様の裁きだ、という人もいるようだが、私には分からない。

ただ言えるのは、私たち人間は自身の間違った選択や判断によって、自分たちに不幸を呼び起こすことが数多くある。

殆どの悲劇は人間の欲や野心、またプライドから生まれる。


今、世界中で心配の種になっている福島第一原発の問題に関しては、完全に人間の自業自得だといえるでしょう。


原子力を使うとどんな悲劇が起こり得るかはスリーマイルやチェルノブイリの事故で十分知っていたはず。そして、原子力に頼らざるを得ないのは、日本が電気を使いすぎるから。需要を減らさないと、別のエネルギー源に切り替えられない。


お店はそれほど明るくなくてもいい。部屋を出たら電気を消すべき。冷房や暖房が効きすぎ。

夏はある程度暑く、冬は寒くてもいいのでは?


これは消費者である私たちの責任だと感じます。



3 なぜ神様は

罪のない子供たちを死なせるの?


わたしはキリスト教徒なので、この地球での人生が全てでないと信じている。ここの80数年はただの前奏で、死んでから「何年」単位でなく、「永遠」に生きるのだ。聖書によると魂の行き先は二カ所の何れかだ。

イエス様を通して喜びと美しさが続く天国、それか不幸と苦しみが止まない地獄で過ごすのだ。


聖書によれば、この世に罪が無い者は一人もいなく、罪が少しでも有る限り天国には行けない。

そして、罪を洗い流せるのはイエス様が十字架で流された血しかない。つまり、イエス様の死と復活を信じ、それによって自分も清められるということだ。


亡くなった人がどこにいったのかは本人と神様にしか分かりません。でも、イエス様は子供たちを特別に愛し、大人にもその無邪気な心を見習えと言われた。彼らの様にならないと天国には行けないと。


私は被災で亡くなった子供たちはすぐにイエス様に呼ばれて、幸せいっぱいの素晴らしい場所で楽しく笑っていることを信じています。そして、私たち大人もイエス様を受け入れて、天国でその子供たちと再会できることを祈ります。



4 私たちに今できること


「なぜ」が分からないと分かったら、今度は今の私に何が出来るのか考えます。

わたしはバレエ団とバレエスクールの芸術監督なので、そこを通して信仰を生かしたいと思います。

神様はわたしが怯えないことを望んでらっしゃる。もちろん放射能の数値などを見ていきながら、善なる神様をつよく信じ、突き進むこと。


バレエ団やスクールを閉じないこと。多くのダンサーとお客様に希望と喜びを与えるこの場所を開いていること。


イエス様の死と復活を描く作品「メサイア」を予定通り仕上げること。


悩んでいる人の相談に乗り、神様について教えること。


しっかり仕事を続けて収入も得て、募金をすること。


そして、祈ること。


5 祈りとは?


「義人の祈りは働くと、大きな力があります。」

ヤコブ516節 (新約聖書)


義人これは誰のことでしょう?

イエス様の言葉によるとこの世に正しい者、罪のない人は一人もいない。しかし、イエス様を通してなら誰でも神様の前では潔白、罪のない者として受け入れられるとも聖書にある。


つまり、イエス様を通して祈ると大きな力が発揮できる。クリスチャンでない人でも、やはりイエス様を通して聖書の神様に祈るときっと聞いていただける。


祈りは無駄になることはない。神様は絶対に聞いてくださる。そして、いつもわたしたち人間の思い通りにはならないが (なっていたとしたら大変なことになるでしょう)、神様は必ず聞いてくださる。そして、多くの奇跡を起こしてくださる。


だから、祈り続けて下さい。


何の力もない先祖やお守り、立派な銅像に祈るのでなく、宇宙と地球、人間の一人一人を愛情を込めてお造りになったイエス様のお父様、聖書の神様に祈って下さい。


いつも、いつも聞いて下さいます。


アーメン